But something in our minds will always stay

f0088796_21131125.jpg■どくしょ
「哲学者とオオカミ―愛・死・幸福についてのレッスン―」読了
うわあああああ 良い本だったわぁああああああ!!!!
これは適当に手に取ったんですけど、いやー、
久々に本に呼ばれた感じでした。
「ネバー・クライ・ウルフ」から、私はちょっと動物ものが楽しかったので、
哲学者が狼とくらして、すっごくたのしいことや、すっごくたいへんなことが起きて、
っていうのを期待して図書館借りたのです。
もちろん、そういう部分もありますが、
でもそれだけじゃなく、
作者が、オオカミのブレニンとの生活を通じて考えたことが書かれています。
これが、今の私にはなんだか説得力のある言葉で、
とても響きました。
最初、読んでいるうちは、
「いや、そういう小難しい話は…、うーんまぁつまらなくはないけど、もっとオオカミをみせてくれ」
と思ってたのですが、
最後まで読んでみると、
この本をただの動物もの以上の、叫びのようなものにしているのは、
この、オオカミを通じて得た考えの部分だと思いました。

  あなたはいろいろな存在であることができる。
  けれども、一番大切なあなたというのは、策略を巡らせるあなたではなく、
  策略がうまくいかなかったあとに残るあなただ。
  もっとも大切なあなたというのは、自分の狡猾さに喜ぶのではなくて、
  狡猾さがあなたを見捨てた後に残るものだ。
  もっとも大切なあなたというのは、
  自分の幸運に乗っているあなたではなく、
  幸運が尽きてしまったときに残されたあなただ。
  (P15)


最初のほうのこの言葉に、どこか、気になるものがあって、
これが、どういうことなのか、最後まで読み進めると、
言っていることがすっと呑み込めました。

「幸せは、感情を追いかけることじゃない、ウサギを追いかけることだ。」
と言うようなことが途中で述べられます。
ここでの「ウサギ」というのは、
オオカミのブレニンがウサギ狩りをした時のことを言っています。
ウサギ狩りは、辛抱と忍耐が必要で、失敗に終わることも多い。
身をひそめてウサギに気づかれないように、ひそかに近づくこと自体は
決して楽しいことではないだろうに、
ほとんど失敗したにもかかわらず、ブレニンはとても幸せそうだったと。
ブレニンにとってウサギが捕まえがたい獲物であるのと同様、
作者は哲学者ですので、自分にとってのウサギは「思考」や「哲学」だと。
お酒を飲んだりセックスをしてハッピー!っていうのはただの感情でしかなく、
幸せとは、ウサギを追うただのひとつの存在となっていたブレニンのような
作者に置き換えれば、思考を何とかまとめあげようと苦闘する、ただの存在になることだと。

また、
一番大切なのは「希望」ではない、
「希望」が絶えた瞬間、自分がどう在るかだ、
というのが語られます。
この言葉の意味を正しく理解してもらおうと思ったら
本を読んでもらうのが一番早いんですが、
(オタク向けにすんごくすんごく雑に言えば
「あとは勇気だけだ」が近いかもしれない)

私はこれに、すごく、多面的なしっくりを感じていて
平野啓一郎の「決壊」で、
主人公の弟が、ほとんど無作為に犯人によって選ばれ、
裸にされ縛られ身体を刺され、耳をそがれ、
命乞いしてみせろと言う犯人に向かって、
怯えた様子を一変させて、自慢の兄のことを思い出して、堂々と反抗するシーンがあります。
客観的に見て、命乞いしたところで殺されるに違いない感じなのですが、
遺族はその録画された場面をみて、
「どうして命乞いしなかったのか」という反応をするんですね。
でも、死を目前にして、おそらく太刀打ちのできない悪意を前にして、
あらゆるものが自分から奪われようとするとき、
最期に良介に残ったのは、「どんな自分であるか」という選択で、
「兄のように立派でいたい」だったんだろうと。
それは、兄の崇には酷くショックなことかもしれないですが、
良介にとっては、もしかしたら、これは人生最高の瞬間だったのかもしれないと、
思いました。
ラストで兄の崇も自殺してしまいます。
しかし、平凡だった良介があらゆるものを奪われて、ある悪意によって殺されようというとき
良介に内面化されていた兄が表出した勇敢さと、
神童・エリートと呼ばれていた崇が(社会の悪意によって)事件の容疑者とされたことによって、
あらゆるものを奪われて自殺するときの崇の落差を考えてしまいました。

こないだ見てた、爆れつの最終回の、
仲間は全員死んで、ザッハは圧倒的に強くて
絶望的な状況に置かれてなお、
それでも、抗おうとする力、
勝てないかもしれないけど、でも絶対に負けないでいようという姿勢、
「ウテナ」の最終回の、
暁生に敗れて、剣も折れて、
それでも、茨に閉ざされた門を叩き
封じられた棺に手を伸ばすウテナ
「スクライド」で、
身体をぼろぼろにして命を削りながらも、
インナーを弱者として扱い支配しようとする
侵略に対して反抗していたカズマ。

私の中に、バラバラに響いていたものが
この本を読んで、
和音として繋がったような、
そんな気がした。
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by G-ran | 2015-02-17 21:19 | 雑記


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