振り払っても 振り払っても 湧きおこる感情こそが僕で

■どくしょ
棺一基 大道寺将司全句集」読了。
確定死刑囚の句集です。
私は不勉強にして、この大道寺将司という人が、
一体何をして死刑と言う刑に処されることが決まっているのか
よく知りません。
連合赤軍とかそういうのかと思ったら、ちょっと違った。
しかし、日本には、死刑と言う刑罰がある事、
死刑を決められて、今日を生きている人がある事、
人間が、人間の自由を奪った状態に置いていて
それこそがまさに「合法」であること、
死刑囚にも家族がいること…
そしてそれを私は、ほとんどの時間忘れて過ごしていること…
色々と思うきっかけになりました。
もちろん、死刑囚っぽい歌(彼にとっては獄中での生活こそが今の現実ですし)もありますが、
純粋に、単なる俳句としても、はっとする句が多く、
ひるがえって、その句が、狭く、窓さえ目隠しのある独房で詠まれたことに、
人間の心について…その羽ばたきについて…万感去来する思いです。

  天穹の剥落のごと春の雪

  死を抱き人は生まれく石清水

  一身に木の芽の声を聞きをりぬ

  くさめしてこの世の貌(かお)に戻りけり

などなど、俳句には明るくないですが、
なんだか、良いなって思った句は本当に沢山ありました。
ちょっと良く判らないものも色々あったけど。

確定死刑囚ゆえに、賞を受賞しても、受賞の言葉も外に出せないようで、
大道寺さんの言葉は、俳句のみで、
本には編者:辺見さんの説明と言うか補足と言うか、そういうのが載っています。
編者の人の気持もわからないでもないけど、
ちょっとウェッティな文章で偏ってる印象で、何か美化しすぎのようにも思えた。
もっとドライに淡々としていたほうが、リアリティみたいなものがあるんじゃないのか。
虚構じみて感じた。嫌いじゃないけど。

絞首刑って実際にどういう刑なんです?と思ってググってみたら
日本は床がパカーですけど、首がちぎれる事故があるって
う うう うぇうぇうぇ…
あったりまえだけど、死刑が執行される部屋も、
誰かが、掃除、するんだ、よね…?なんだそれ刑罰か、つらい。
ていうか誰かが、執行、するんだもんな…う ううーん。
その日何でもない顔でスーパーで買い物できる?つらい。
でも、世の中の多くの人は、たとえば死刑の執行された日も、のんびりと
日向ぼっこしたりスーパーで買い物したりする。
それは、悪いことでは、多分ないけども、ないけども…?
縄があってさ、「じゃあここに首ツッコんでくださーい」「はーい!」とはいかない、よなぁ。
国によってやり方はいろいろ違うし、
国によっては死刑を国営放送て
はああああ?????びっくりだぜ。
いやでも、それは、死刑を擁している我々の義務である、っていうそいういうことなのかな…。
でも、なんていうかなぁ、「死」というものの映像化には嫌悪感があるというか…
映像によって死の瞬間が複製されること、保存されること、繰り返されること、それがなんか…
「死」という事柄への凌辱のようで…
相手が善人悪人とかそいういう次元じゃなく、生物としてさ…

事件への罰っていうのは、過去の行動に対して行われるべきなのに、
現実として不可能なので、現在の肉体に於いて課される。
通時的な人間存在自体には、たぶん、罪はない、どんな人も、
この世に存在すること自体が罪だなんてことはない。
でも罰はつねに存在に対して行われる。
そう考えると、罰、というのが…いつも見当違いになりがちというか…
罪と罰には、ずれが、ある。
人を殺すことは罪だ、でも人を殺したいほど憎むことは罪じゃない。
人を殺すことは罪だ、でも人を殺した人も存在自体は、罪ではない。
人を殺すことは罪だ、でも、ばれなければ、罰はもたらされない。
(戦争下なら、相手と状況によっては罪でもなく仕事だ)
(そして戦争が終われば、階級が相当上でもなければ不問だし、
 そうした人々と共に暮らすのを怖いとは思わない我々 むしろ復員を喜ぶだろう)
殺人者と暮らすのは怖いから、殺人者には消滅してもらう?
ばれていない殺人者とは既に普段一緒に暮らしてるんだよなぁ…。
つぐない、とは…?責任を取る事…?
こと殺人とか相手の人生について回るけがをさせるとかなると、
これこれしたら、OK!チャラにしよう!ってのは、ほとんど無理だから
被害者の感情の問題のようにも感じるし、でもって結局、許そうとも憎もうとも、
被害者はとにかくそれでやっていくしかない。
かといって加害者に何も要求しないでは、
犯罪はやったもん勝ちになってしまうし
(でもまぁ実際、罰があろうと、やったもん勝ちだとおもう)
じゃあ、罰っていうのは結局、加害者自体に課しているというか、
加害者に課すことによって、これからの加害者候補生への抑止力でしかない、とか?
生計としての犯罪なら、利害の計算は重要だけれども、
感情や思想としての犯罪なら、最終的には目的達成できれば
あとどうなってもいいし自分の命もどうなってもいい、とかありうる。それを抑止するのは難しい。

人間は時間を生きているけれども、時には瞬間を生きることがある。
死刑囚は時間の中では死が前提にあるけれど、いまこの瞬間には歌を詠むことができる。

まとまりません。
[PR]
by G-ran | 2015-02-21 08:45 | 雑記


<< 逃げ切れないリアルに 儚い夢を重ねて But something i... >>