いつでも捜しているよ どっかに君の姿を

■「秒速五センチメートル」みた
本当にとても良いなとも思ってますが、その分もうちょっとさぁ~という不満の含まれる感想です。
私の感じた感情をあらぶりに任せて表現していますので、
人によっては全く理解できない・不愉快に感じる方もいるかもしれません。
そういう風に感じる人もいるのね、というお気持ちでご覧頂けると嬉しいです。
全然まとまってないです。

以下に畳みます。



絵が綺麗。写真ぽい。影色のエッジぼかしてあるの良いな~!マネしてみたい!
文学的アニメ。思春期っぽい無駄な壮大さを可とするか不可とするかは好み次第ですね。
(会いたくて会いたくて震える感じの奴なのかな…って思いながら見た。
 切なさと言う種類のエンターテイメント)

宇宙は膨張を続けていて、私たちはちっぽけで 人生と季節(時間)と宇宙の広がりの前に
距離は開いて行ってしまう。
それを知っていても、どうしようもなく触れ合おうともがいて なんかそれぞれを生きていってるねー みたいな…かんじ…なのかな…

谷川俊太郎の「二十億光年の孤独」を思い出したhttp://www.poetry.ne.jp/zamboa_ex/tanikawa/

・桜花抄…設定もわかりやすくて、展開もハラハラして楽しかったし、心情の描写も丁寧で共感できた。
       納屋には「え?」ってなったけどね。なんかつい現実を持ち込んでしまって
       「女の子の家に電話しろホームから!」とか
       「ていうか君も帰れないだろ、自分ちに電話せいホームから!」みたいな気持ちになってしまった。
       親御さん心配するよ…。
       って思ってしまったつまらない自分に苦笑いした。
       でもさ、文通してるの多分親にはばれてるし、その子のことを大事に思ってるのは本当で、
       数少ない大事な存在だったのも事実なら、会いに行くのくらい親は許してくれるし、
       言えばいいのに…って思っちゃうな…。いやいいけど。
       
       桜と雪がでてくる悲恋譚となると漫画「花も雪もきっと…」が私の心に深いので、
       なんだか一緒に思い出して 心の中が わーーーーっ(擬態語) ってなった。
       
       全部観終わってから振り返ると、淋しさの共有だけが二人を縫い合わせているような感じであること、
       桜の木の下ですでにもう、「思い出」を作り始めている感じがすることが気になったな。
       過去にしてしまうんだ…という…。

・コスモナウト…片思いする女の子は可愛かったけど、主人公に …なんかなぁ ってなってきた
          君たちはさぁ!!!それで何が始まるんだよぉおおおおおお!!!!!!!
          いや そういうのも わかるけど そういうのが良いってのもわかるけど!!!!!!!!
          私も好きではあるけど!!!
          ひよこの生れない卵を何個も見てるような気持になるわけ!はじまらないのかよぉおおおってなるわけ!
          見てる時は、三話目がまだあるからと思ってたんだけど、
          話が!はじまらないまま!ぜんぶ!おわる!そういうもんかもしれないけど
          お話が見たいよぉおお
          具なしおにぎり病じゃない…?具を食べるの楽しみにしてたのに 結局具がなかったみたいな
          おもわせぶりがおもわせぶりだけで終わってしまう… 引っ張った後にカタルシス得られるなら良いんだけど…
          
          女の子の「見込みがないと判っても好きなのを止められない」っての自身は 良いなーと思ったんだけど
          なんか全体的に、ぶつからずにすれ違うだけで終わりと言うか 衝突シーンは最初のキスだけじゃん的な
          暗闇の中たった一つ出会った水素原子が彼女の唇だとでもいうのか!
          嫌いじゃないけど全編通してか! 酸っぱい葡萄か! 遠くばかり見ている!
          今をがつがつしろ~~~~~!
          という謎のフラストレーションを感じてしまった。

・秒速五センチメートル… えっ ん?? どういう?? ほあっ? ええ… うそ… こういう こういう終りなの…
                 壮大なPV見ようと思ってみてたんじゃなくて物語を見たかったんだけど
                 あなたたちの~~~~~ って思った。救いが…欲しかった…。
                 (そして、物理的距離がこんなに近くなっても、
                  人生と言う時間と言う大きな川の流れの前では
                  私たちはこんなにも遠くなってしまっている)
                 
いやすごく なんか すごく わかるし こういう気持ちものを好んでた事があるし
ふと自分が昔書いた同人誌とか思い出した… 
淋しさや孤独が部屋に降り積もっていったり、いつでもいるはずのない場所で探してしまうのは
気持として私もわかる。
いや~~ ん~~ なんだろ だからこそ「からの~!」みたいのが欲しかったという思いが
強く残ってしまった。
映像も綺麗だし どうなるんだろ~って思いながら楽しんでみてたから
うまくいくんでも ダメになるんでも それ自体はどっちでもよくて で、それからどうする!みたいのを
物語には求めてしまう。過去に生きすぎでしょ…思い出にしすぎでしょ…
思い出を見てるってさ、記憶の中の彼女を見てる とは少しちがくて 
自分の記憶の中の自分の感じた彼女をみてるだけなのでは… 
つまり自分だけを愛してないか
幻影を見てないか
自分が傷つかない自分にとって都合よい美化された思い出の中で生きるのは
「本当に生きている」のか。

描写とかシーン自体はとても好きだけど 物語として全体を見ると、
人に「超面白かった!絶対見て!」とは言えない感じ…
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by G-ran | 2016-03-09 23:28 | 雑記


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